« 2006-08-22 | トップページ | 2006-08-26 »

自力と自我力の違い

本来、自分のものなど何もないのだということを知ってください。

そして、体も命も神様から預かったものだという、この視点が発見できたなら、自分がやらねばならないことは何かが明らかになってくるはずです。

本来、守らなければいけないようなものは何もなかったのです。

みんな神様から預かっているものなのです。神様のために使う以外に道がないのです。

《参考文献》『幸福の科学原論②』(大川隆法著、幸福の科学出版)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

実力をためる時期

若い人はやはりこれから先、三十から四十、五十、六十と人生が続いていくわけですから、ある一定の時期に成功をおさめないといけないと、勝手に自己設定しないようにしていただきたいのです。

自己設定して、そのときに成功が来なかったら、もう自分はだめなのだというような、このような投げやりな生き方だけはどうかしないでいただきたいと思います。

そういうときには、必ず実力をためる時期だと思ってほしいのです。

《参考文献》『幸福の科学原論②』(大川隆法著、幸福の科学出版)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

バネのたとえ

雌伏の時期、苦しんだ時期があった人間であるからこそ、今度飛躍するとき、飛翔するときには、高く飛ぶことができるのです。

バネもいったん縮まないと伸びません。

同じように、縮んだことのないバネ、すなわち苦しんだことのない人間は、本当に高く飛躍することもできないのです。

雌伏の時期、不遇の時期、あるいは待ちの時期があって、この時間を乗り切った実績のある人でなければ、本当の意味での大成功はできないということです。

《参考文献》『幸福の科学原論②』(大川隆法著、幸福の科学出版)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人を生かす

人を生かすためには、どのような生き方ができねばならないかというと、まず他の人の心がわからなければだめなのです。

人の心がわかるためにはどうしたらよいかというと、結局、まっしぐらに成功してきた人には人の心はわからないということです。

やること為すこと、つぼにはまったがごとく、すべて成功してきた、こういうタイプの方には本当の意味で人の気持ちがわかりません。

苦しんだことのない人間には、人の気持ちはわからないのです。本当の優しさというものがわからないのです。

ですから、一見鈍いと思える人が上に座ってみると、意外にそれなりに器量、風格が備わってくるというのは、その下にいる者の心がわかるからなのです。

《参考文献》『幸福の科学原論②』(大川隆法著、幸福の科学出版)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雌伏の時期の大切さ

雌伏の時期、待っている時期に、器づくりをしておかないと、本当に大きな成功が巡ってきても、それを受けることができないのです。

そしてみなさんのところを素通りしていってしまいます。

《参考文献》『幸福の科学原論②』(大川隆法著、幸福の科学出版)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

愛のなかの厳しさ

過去の反省をされるならば、自分を大事にしてくれた方のことを想い出すのも良いでしょうが、むしろ自分に厳しくあったってくれた人の中に、本当は自分を愛してくれていた人がいたということを知ってください。

他人に対してこういう厳しい姿勢をとるということは難しいことなのです。

なぜかというと、人間には根本的に人に良く思われたいという気持ちがあるからなのです。

あえて言ってくれた人に対して、あえて怒ってくれた人に対して、やはり学ぶべきものがあるし、敬意を表さねばならないのです。

《参考文献》『幸福の科学原論②』(大川隆法著、幸福の科学出版)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

環境を理想郷にする

どのような職場であっても、そこにいる間はそこを理想郷にする必要はあるだろうと思います。

《参考文献》『幸福の科学原論②』(大川隆法著、幸福の科学出版)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

認識の根源と反省の根源

反省というのは、善意なる第三者の立場でとか、あるいは客観的な目でとか、神の目で、守護霊の目でというように、いろいろな視点でするものであると私は説いておりますが、ようするに自分から離れた目で自分自身を見なさいということなのです。

自分の姿というものを、少し違った目で眺めてみなさいということをいつも教えているのです。

これは実は霊的認識力を上げるための第一歩であるのです。みずからの姿をこの肉体のなかに宿った自分ではなくて、その外から眺めることができるということは、これは私たちの霊的能力の開発そのものであるのです。

《参考文献》『幸福の科学原論②』(大川隆法著、幸福の科学出版)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

認識は力である

薬師如来みたいな人もそうですし、千手観音とか、十一面観音とかで表わされていることは、いろいろな仕事を同時にできるということの象徴であるのです。

そして、これが高級霊の本質であるのです。

ですから、霊格が上がれば上がるほど、このように念いが自由自在になってくるわけです。

《参考文献》『幸福の科学原論②』(大川隆法著、幸福の科学出版)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

念い即存在

あなた自身、あるいは私自身という存在はいったい何なのであろうかというと、どれだけの念いを出せるか、結局これがあなたであり、私であるのです。

《参考文献》『幸福の科学原論②』(大川隆法著、幸福の科学出版)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

魂のひだを深める

永遠の転生輪廻という観点を考えたときに、やはり非常に素晴らしい体験をしたり、またそれが堕落しているところを体験したり、また素晴らしいところへ出たり、さまざまな体験をすることによって魂が深くなってくるのです。魂のひだが深くなり、いろいろな経験ができるのです。

《参考文献》『幸福の科学原論②』(大川隆法著、幸福の科学出版)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006-08-22 | トップページ | 2006-08-26 »